資料 / 上水・水道絵図 / 東京都水道歴史館所蔵の上水・水道関連絵図

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東京都水道歴史館には上水樋線図以外にも様々な上水・水道関連の絵図が所蔵されている。江戸時代後期から昭和初期まで、さまざまな内容・体裁のものがある。

六郷用水絵図

 六郷用水は次大夫堀(じだゆうぼり)とも呼ばれ、江戸時代初期に小泉次大夫によって開削されたといわれる用水である。現在の狛江市和泉から取水され、大田区・世田谷区・品川区方面に流れていた。現在は用水としてはほぼ利用されていないが、一部が公園化されている。本図は六郷用水の流路を示したもので、地名・地番等の記載が見られる。町村名の表記から町制施行の昭和3年(1928)から東京市拡大の昭和7年(1932)の期間に作成されたものと考えられる。

掘井水質調査図

 原図にはタイトルがないが、内容からこの表題とした。内務省地誌課による明治19年(1886)の『東京実測全図』を下図として、「堀井」(掘井:掘り井戸)の水質を示した図である。地図左下に薄手の用紙で凡例(はんれい)が貼付され、水質は4種に色分けされている。制作目的ははっきりしないが、近代水道開設にあたり地下水の状況を把握するための調査を行った際のものであろうか。

羽村堰関連図

 羽村堰は玉川上水の取水口として、承応2年(1653)ごろに建設された。その後は度重なる改修を経つつ、現在も東京水道の取水施設として現役である。当館には、江戸後期の羽村堰付近の図面や、江戸後期に取水口脇に置かれ上水方の役人が常駐した羽村陣屋の絵図などが残されている。

その他絵図・地図

 江戸時代から近代までの、神田上水・玉川上水等に関連する絵図・地図類である。玉川上水の流路図や、神田上水の水源井の頭池の絵図、明治期の神田・玉川両上水の全体図などが含まれる。

淀橋浄水場・その他近代水道設備図面

 淀橋浄水場は、東京における初の浄水場として現在の新宿区西新宿に建設された。明治31年(1898)に神田・日本橋方面への通水を開始し、昭和40年(1965)に東村山浄水場に機能を移して廃止されるまで、東京の水道を支えた基幹施設である。

 当館は淀橋浄水場をはじめ、近代水道関連施設の設計図や設備図面を有している。図面の多くは青焼きと呼ばれる複写図面で、昭和前期に作成されたものと考えられる。